NBAの試合がなくなり2週間が経つが新型コロナウイルスを取り巻く状況は深刻化の一途を辿っている。
複数のチームでは選手の感染者も出ており世界的な広がりを見せている。

新型コロナの猛威に対し彼らしい言葉でメッセージを送ったトニー=アレン
そんなアレンに関する記事。


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今シーズンの11月半ばにユタジャズのメンバーとしてコンリーがフェデックスフォーラムに凱旋した時、コートの最前列にはトニー=アレンの姿があった。

アレンがフォーラムに帰ってくるのは2017-18シーズンにペリカンズの選手として訪れて以来だった。
その時は第1Qの終わりごろにコートに入り観客から温かいオベーションを受けていた。
トリビュートビデオも流された。
アレンは左足の腓骨を痛めたため1月にペリカンズがフォーラムに来た時にはアレンの姿はなかった。
そのシーズンがアレンにとってNBAキャリア最後のシーズンとなった。
2018年の2月に彼はブルズへトレードされすぐにウェイブされた。
2018-19シーズンはアレンがグリズリーズの試合を見に来ることはなかった、彼はリーグで次の機会を探していたのだ。
そして彼の願いは今季叶った、それは選手としてではなかったけれど。

コンリーの凱旋試合は2年前のアレンの凱旋試合を思わせるものだった。
コンリーはスターティングラインナップで紹介されると大きな歓声を受け、トリビュートビデオが流されると2度目のオベーションを受けた。


そしてコートサイドのアレンがスクリーンに映されると3度目のオベーションが贈られた。

「お世辞にも彼らが愛を見せ敬意を持ってくれていた。ファンは俺が彼らを見る時どんなにエキサイティングな気持ちになるか分からないだろうね。
この2年は家で座っていた。グラインドハウスに戻ってくるのはいつも最高の気分さ。」
とアレンは語る。

その夜アレンが来たことはもう一つの物語だった。
ジャ=モラントはその夜25pt、8astでチームを勝利に導いた。
モラントのプレーに対するアレンのリアクションはカメラで抜かれSNSでも使われた。
試合が終わるとアレンはコンリーと抱擁を交わした。コア4のメンバーとの再会はアレンにとって忘れようのないほど大事なものだった。

結局アレンはこの後何度かフォーラムを訪れた。
それから2週間後のコンリーの2回目の、今季最後の凱旋にもアレンはフォーラムを訪れた。
1/4のメンフィスタイガースの試合にもアレンは駆けつけ、1/14のHOU戦では放送クルーの一員としてフォーラムにいた。
そしてその2日後、アレンはメンフィス=ハッスルの練習が行われている体育館にいた。

この光景の裏側には、組織内で正式な役割を与えることについてグリズリーズのアレンへの働きかけがあった。
1月にはグリズリーズのHCタイラー=ジェンキンスはアレンがハッスルでのプレイヤーデベロップメントの職についたと発表した。
彼の責務はハッスルにある。
2月中盤からは組織のアンバサダーとしてザック=ランドルフとともにチーム広告や地域のイベントにも参加している。

グリズリーズがアレンのポジションの詳細について詰めていた時、彼らはアレンにデベロップメントとアンバサダーの他に三つ目の役割を与えていた。
それはシーズン開始からハッスルに送られていたジョシュ=ジャクソンのメンターであった。
トラブルからの脱却と組織での順応を彼が証明するプランの一部としての役割だった。
彼のフェニックス時代は法的な問題とドラフト4位というステータスを下回るプレーで傷物だった。
チームはジャクソンの進展にポジティブな影響を与えられる人物がいるとすればそれはアレンだと感じたのだ。

アレンは取材で彼のセカンドキャリアの展望について語り、その中でアレンは自分の役割がリーグ1粘り強いディフェンダーからトレイナー、メンターへと変わったと語った。
アレンはこれから起こることに興奮している。
アレンの言葉を借りるなら、今彼は新たな役割への準備をしているところだ、彼がコービーを守るための準備をしていたのと同じように。

「これが俺の天職だと思っている。
表にでたり、試合に関わったり、コミュニティに関わり経験を活かしてファンと交流できる機会を与えてくれたことに関してこの組織に感謝している。
自分はプレイヤーとしてオンコートでもオフコートでも多くの仕事をしてきた。そしてチームが組織の一部として俺を必要としてくれた時、俺もその機会を熱望したよ。」

アレンはジョシュ=ジャクソンをGリーグに送ったことについて最初は驚いたという。
「ジョシュ=ジャクソンがGリーグにいるのを見たとき最初はなぜだと思わずにはいれなかった。
この若者を使えるのになぜ彼がここに落とされているのか分からなかったけれど、それには何か意味があるのだと思ったよ。」

アレンの予感は正しかった。
ジャクソンの最初の2年は彼のドラフト順位に沿うものではなかった、そして彼はオフコートで苦しんでもいた。
彼はチームのサインイベントを欠席して罰金をくらい、ミュージックフェスティバルでVIPエリアに無理に入ろうとし警察から逃走したことで逮捕されてもいた。
さらに不安なことに、彼の幼い娘の周りでマリファナを吸ってハイにさせたことで訴えられてもいた。
これらの出来事はサンズがジャクソンのトレードに踏み切った主な要因となり、そのトレードにはグリズリーズにはありがたいことにデアンソニー=メルトンと二つの2巡目指名権も含まれていた。

そのトレードの後、グリズリーズはジャクソンと話し合いプランを考えた。
ジャクソンは多くの時間をサウスヘイブンで過ごし、メンフィスハッスルでイメージの回復を図ることになった。
後にそのプランはハッスルでの役割について準備をしていたトニー=アレンも含まれることになった。

ハッスルでのアレンの役割は多くの選手達、ダスティ=ハナやジャロッド=ユソフ、シャック=バッカマンらと取り組むことである。
自分のアプローチは彼らがとりわけディフェンス面で正しいマインドセットを持ってアタックすることを助けることだとアレンは語った。
しかし、アレンの焦点はジャクソンでもあった。
アレンは彼のシチュエーションについてコーチという観点からではなく兄貴としての視点から取り組んだ。

「兄貴ってのはいつもマジだから、若い弟は兄貴の言うことなんて聞きたくないのさ。
だから俺はそういう風に取り組んだんだ。
俺は自分の弟に叫ぶのと同じように彼にも叫んだよ。
俺の弟は彼がやるべきことについての俺の正しいアドバイスを聞きたがらなかったけどね。
でも俺にはこういうことしか話せない、こうやって生きてきたから。
全てを与えてやることはできない、これが俺なりのアプローチの仕方だ。
俺の弟になるというのはこういうことだ。」
とアレンは語った。

アレンは話を聞くことによってジャクソンが正しい場所にいることを手助けできただろうと指摘した。
アレンはゲームへのアプローチの仕方についてリーグ広くからリスペクトを受けていた選手だ。
彼は偉大なディフェンダー、疲れを知らないワーカーとして評価された。
彼はNBAというリーグでの大きなアップダウンを経験もした。
彼はセルティックスでリングを取る前は負け続けのシーズンの中で苦しみ、そしてグリズリーズでは西地区の荒波の中で不可欠な役割を果たした。
チームメイトのニック=カレイテスと衝突してサスペンドを食らったこともある。
アレンはリーグで必要とされるものを知っている、そしてジャクソンがそれらを理解するのを手助けしている。

「14年のキャリアの中で5度の手術を受けた。
自分で言うのも恐縮だが、妥協なく準備をし続けたからこそトップ選手からもリスペクトされた。
コービーに対してに限らず適切な準備をすることで低調なパフォーマンスから脱却できるということの提唱者だった。」
とアレンは振り返る。

アレンはジャクソンの試合のテープをほぼ欠かさずに見ている。
時には座って一緒に見ることもある、毎試合後に電話やテキストでアドバイスを送る。

「僕らは座って話し合うことができる。
僕はよく感じていないことや自分の考え方を彼に言うことができる、僕らはコミュニケーションが互いを理解し合うベースだと知っている。」とジャクソンは語る。

ジャクソンは1月にグリズリーズにコールアップされベンチからの役割を発揮している。
シーズンがコロナで中断されるまで、彼は2017-18シーズンのタイリーク=エバンス以来となるベンチから5試合連続二桁得点を記録していた。
オールスター以降彼は平均13.3pt、2.8reb、2.2ast、1.1stl、0.7blkを記録しFG%47%、3P37%であった。
3月のスモールサンプルに限れば20分の出場で平均16.6pt、2.8ast、2.0reb、3P%38%と目覚ましかった。
またジャクソンはディフェンス面でも安定していた。
ジャクソンがフロアにいる時間はポゼッション当たりの失点が1.4点減少した。
アレンはジャクソンのIQと他人の言うことを聞く姿勢を称賛した。
彼は徐々に上達しジャレン=ジャクソンとブランドン=クラークを怪我で失ってもチームが耐えている要因の一つになっている。

「自分の行動を教え彼はそれを理解している。
彼は頑固に他人の言うことを聞かないような選手ではない。
メッセージを送ればそれをプレーで実行する選手さ」とアレンは言う。

アレンはジャクソンの成長を誇らしく思っている。
また、ジャクソンだからこそこのレベルの努力で終わってほしくないとも明かした。
そしていつかは苦しんで自分のアドバイスを求めている選手は誰であっても手助けできるようになりたいとアレンは語った。
ただ現時点でのアレンの焦点はジャクソンを手助けし続けることだ。

「マインドセットを保ち続けること。
彼にアドバイスしたのはチャンスを活かして目標を定めること、そして笑ってハッピーになることだ。
そうして次のチャンスがくる。
毎試合後に彼とは細かいやりとりをする。彼ができただろうことやするべきではなかったこと、物の本質なんかをね。
彼の成長を見たい一心さ。」とアレンは語る。

アレンがハッスルの選手達と話すとき、彼はルーキープログラムで学んだことに言及している。
NBAでプレーするのは当たり前ではなく特権だということ、ハイレベルのプレーを維持するのは困難だということ。
また、かつて雑誌で見たお気に入りのコービーの逸話についても話す。
コービーが背番号24をつける理由である。

"それは一日の24時間を一秒たりとも無駄にせずフルに使うということからきている"

「それを聞いた時、理にかなっていると感じたね。
君がゲームを大事にすればゲームも君を大事にしてくれる。
これらについての究極的な真理だ。
彼らの頭に入れたいのはこういったことなんだ。
ゲームと恋に落ちればゲームは必ず応えてくれる。」とアレンは言う。

アレンがいまだにコービーからインスピレーションを受けているというのはアレンらしい。
彼はインタビューの中で1月に事故死したコービーの名を何度も出した。
有名な話だがコービーはアレンほどうまく自分を守れた選手はいないと話していた。
2016年のコービーのラストシーズン、コービーは試合後アレンにシューズを手渡した。
そのシューズには手書きでこう書かれていた、”私が対戦した中のベストディフェンダー、トニーへ"

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「あれほど偉大な選手が死んだと聞いてそれを信じられるか?
私は彼にマイケル=ジョーダンの全てを投影していた。
彼は俺にとってのマイケル=ジョーダンで、神に最も近い男だった。
悲劇だった、何といったらいいか。タフだ、心が痛むよ」

アレンは2008年と2010年のNBAファイナルの舞台でコービーを守る役目を任された。
その10試合の中でコービーは平均26.4得点したがFG%は38.7%だった。

「彼と話をして友になれる機会があったなら。
俺たちが勝った2008年と彼らが勝った2010年に彼はどう思っていたか聞く機会があったなら。
どっちのトニー=アレンがベストディフェンダーだ?
俺たちのバトルのこと、話は尽きないな。
バスケットボールにとっての悲劇、多くのバスケットボーラーが傷ついた。
悲劇だよ、タフなことだ。」
アレンは言葉を詰まらせて話した。
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今季の2/28にはコートサイドでザック=ランドルフと並んで試合を観戦した。
ランドルフは立ち上がり観客から歓待を受けた。
しばらく浸った後ランドルフは隣のアレンも立ち上がるよう促しスポットライトを共有した。
今後もグリズリーズの組織の人間として多くを共有することになるだろうアンバサダー2人による素晴らしい瞬間だった。
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しかし、コービーの死をきっかけにこのような時間はより意味のあるものになったとアレンは語る。
「こういうのは間違いなく俺たちが一緒になって街を見て多くのインスピレーションを街に与える機会で、俺たちの責務なんだ。
ブラザーが返って来てくれたのは本当に素晴らしい気分なんだよ。」

12月にアレンはモラントのルーキーシーズンを語るためにESPNのコーナーにやってきた。
彼は11/29のユタジャズ戦の序盤で席を外したことを明かした。
グリズリーズの選手たちはディフェンスでアレンをうんざりさせるミスをして、彼は自分がいない方が良いプレーをするんじゃないかと思った。

「選手はスイッチできる場所にいたのにスイッチをしなかった。
彼らにはロッカールームでのベテラン役が必要だと感じたよ。
これは俺がまだゲームへの情熱を持っているということでもあった。」
とアレンは言った。

昨年NBA選手会は有名なキャンプの一つであるFive-Starキャンプと協定を発表し、アレンは今年ディフェンススキル部門の顔となる予定だ。
それは2021年に独立して開催される予定のアレンのバスケットボールキャンプの発射台となるだろう。

先ほどの話からも分かるようにアレンはディフェンスのアートに対し深いこだわりを持っている。
そして彼はそれらの情熱を若い選手に注入することができると感じている。

「多くの選手はオフェンスのマインドセットを持って大学から出てくるが、スクリーンをファイトオーバーする方法を理解していない。
俺はそれを教えられる。楽しみだよ、やるべきことは多くて若い選手とやっていかなきゃいけない」

そのキャンプのアイデアはアレンがエージェントと会話する中で生まれた。
アレンは現代バスケの多くの場面でビッグマンがP&Rディフェンスにおいて後ろに下がるよう指示されていることに不満を感じている。
ビッグマンはスクリーンを抜けてきたガードのプレイヤーに対してフローターのスペースを与えるのではなく前に出てチャレンジしなければいけないとアレンは考えている。

「今やリーグに来る選手はこの種のディフェンスをすることに取りつかれてしまっているだろう、そしてディフェンスのアートが失われつつある。」
そのキャンプはアレンがゲームに従事し続ける機会を提供するだろう。
リーグからしばらく離れた後、アレンは戻ってこれて嬉しいと語った。
そして彼は他のフランチャイズでの機会に反対はしていないけれども、アレンが再びグリズリーズで第2章を始められることは意味のあることだ。

2004年ドラフト24位指名のアレンは言う。
「俺はルーキー時代と変わらずアプローチしていくよ。
俺はその時自分が望んだほどの大金を得たわけでも、自分にふさわしかった順位で指名されたわけでもなかった。
でも最終的に自らのやり方で努力し、スターになり大きな契約を手にし這い上がり続けた。
この仕事についても同じように取り組みたい。
毎年上達して手助けとお返しをするのを見せられればと思うよ。
毎年創造的にこの組織を手助けできるはずだ。
どんな組織になろうとも俺は全力、110%さ」

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グリズリーズのカルチャーを築いたアレンも徐々に自らのセカンドキャリアの歩みを進めているようだ。
そろそろアレンの現役時代を知らないMEMファンも増えてくるのかな。でも、リアルタイムで見ていた人にとってはアレンの功績は絶対に忘れられないだろうね。
若手の育成、グリズリーズの顔、そして守備芸術の継承者。
アレンがどのような道をいこうともグリズリーズファンはアレンをずっと応援し、彼の言葉に耳を傾けるだろう。